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わからないこと

みなさんこんにちは。大学受験科の谷です。

いよいよ、高校の定期試験が近づいてきました。

今まで、やってきた入試に必要な教科の自習を一旦ストップしてテスト勉強に切り替える生徒が多いようです。

それはそれでよいのですが、人間の頭は、使わないものはどんどん忘れるようにできています。

先に進まなくてもいいので、空いている時間を作って、せめて暗記項目だけでも復習するようにしてほしいと生徒には伝えています。

定期試験でいい成績をとって、夏を迎えてほしいです。

 

さて、今週も私の愛読している本を紹介したいと思います。

それは集英社から出ている橋本治著『「わからない」という方法』です。

 

 

橋本先生は本業が小説家なのですが、枕草子・源氏物語・平家物語などの古典文学の現代語訳や評論など、幅広い分野にわたって執筆をされた作家です。

高校生向けの本もたくさん執筆されているので、いずれ紹介したいと思います。

さて、本の題名にある「わからない」ですが、受験生は「わからない」こととの格闘ですよね。

私も受験生の頃、参考書を読んでもわからないことだらけで、投げ出したことがよくありました。

橋本先生はこの「わからない」をどのように考えているのか、以下に紹介します。

 

「「自分はどうわからないのか?」―これを自分の頭に問うことだけが、さまざまの「わからない」でできあがっている迷路を歩くための羅針盤である。「自分はどうわからないのか?」―それこそが、「わかる」に至るための〝方向〟である。その〝方向〟に進むことだけが、「わからない」の迷路を切り抜ける「方法」である。「自分はどうわからないのか?」―これを自分の頭に問う時、はじめて「わからない」は「方法」となるのである。

(中略)

「わからない」をスタート地点とすれば、「わかった」はゴールである。スタート地点とゴール地点を結ぶと、「道筋」が見える。「わかる」とは、実のところ、「わからない」と「わかった」の間を結ぶ道筋を、地図に書くことなのである。「わかる」ばかりを性急に求める人は、地図を見ない人である。常にガイドを求めて、「ゴールまで連れて行け」と命令する人である。その人の目的は、ただゴールにたどり着くことだけだから、いくらゴールにたどり着いても、途中の道筋がまったくわからない―だから、人に地図を書いて、自分の通った道筋を教えることができない。「わかった」の数ばかり集めて、しかしその実「なんにもわからない」のままでいるのは、このような人である。」

 

鋭い指摘です。過去の自分に当てはめると私は、「この参考書はわかりにくい」とか「○○先生の授業は説明がわかりにくい」とか常に不満があったのですが、これは常にガイドを求めて、「ゴールまで連れて行け」と命令する人タイプだったのです。だから、「わかった」をどれだけ貯めこんでも「なんにもわからない」わけですね。

受験生はこうなってはいけません。わかるまでの道筋を大切にして、わからないことと格闘してくださいね。

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